音楽枕草子

クラッシク音楽や読書から趣味などの身辺雑記も含め、感想として綴ったblogです。

シューベルト:歌劇「フィエラブラス」~クラウディオ・アバド没後10年①

シューベルトのオペラときいてピンとくる方はクラッシク音楽きく方でも少ないのではないでしょうか。

かく云う私もそのひとりです。

もっぱらシューベルトの劇音楽は台本・音楽も含めて駄作という烙印が押され、このジャンルに限らず、未完や断片が多いこともありオペラ劇場の定番演目になっていません。この後に書きますが、作品自体が「オペラ」に期待するものとは違うので、上演にはハードルが高いかもしれません。

先週末の休みを利用して「フィエラブラス」の全曲をききました。

演奏者は以下の通りです。

カール王(バス):ロベルト・ホル

エンマ(ソプラノ):カリタ・マッティラ

ローラント(テノール):トーマス・ハンプソン

エギンハルト(テノール):ロバート・ギャンビル

君主ボーラント(バス):ラースロー・ポリガール

フィエラブラス(テノール):ヨゼフ・プロチュカ

フロリンダ(ソプラノ):チェリル・スチューダー

マラゴント(メゾ・ソプラノ):ブリギッテ・バリーズ

ブルタモンテ(バス):ハルトムート・ヴェルカー

オギエ(テノール):ペーター・ホフマン 他

合唱:アルノルト・シェーンベルク合唱団/管弦楽:ヨーロッパ室内管弦楽団

指揮:クラウディオ・アバド

録音:1988年5月 アン・デア・ウィーン劇場(ライヴ)

*語りの部分はカットされており、ストーリーを追うにはリブレットに記載された会話部分も読みながらきく必要があります(それも結構な文量!)

このディスク、私がまだクラシックをきき始めた中学生の頃に発売されてシューベルトにオペラがあったのか!という驚きと、アバドのような著名指揮者(当時はちょうどカラヤンの後任としてベルリン・フィルの常任指揮者に指名されたばかりでした)がメジャー・レーベルと録音をするのだからどんな作品(傑作?)なのだろうという興味があったもの、発売時の金額は約6,000円位しており、とても簡単に購入できるものではありませんでした。

その後、廃盤となったきり再発売もなかったのでずっと気になっていたアバドのディスクでした。

昨年の秋に偶然Amazonさんのサイトを閲覧していたら、輸入盤の中古が非常な安価で販売されていたので思わず「ポチッ」としてしまいました。

さて、その「フィエラブラス」は1823年に完成されました。同時期の作品には歌曲集「美しき水車小屋の娘」がありますが、その評価は正反対なものとなってしまっています。上演の予告はされたものの結局シューベルトの生前には上演されず、抜粋盤での上演はあったものの全曲の初演は1897年になってからで、一般にも知られるようになったのは、この1988年にウィーンで収録された上演からといえます。

ストーリーは対立するカール王の治めるフランクと、君主ボーラントが収めるムーアの2つの国家による宗教対立がベースとなり、相対する人物、男性の友情、恋愛が絡むものでありますが、その展開は感情の起伏が少なく、強烈なオペラ界において登場人物のキャラクターの性格付け、深みも無く、対訳は輸入盤であったので私的解釈訳でききましたが、言葉の重みや重要なセリフ、伏線回収のようなアピールもありません。

ハラハラドキドキのストーリー展開、素敵なアリアや人を酔わせるようなメロディーに彩られている―などのオペラを期待する人からすると期待を裏切られます。それが、作曲当時ウィーンでロッシーニ旋風に熱狂していた聴衆には受けないと考えられ上演されなかったのでしょう。

オペラにはヒーロー(英雄)がいて、ヒロインがいて、笑いを誘う狂言回しのような役もいる。そういった人物たちが織り成すストーリー展開に心動かされ、涙することもあります。しかし、このオペラはことごとくその逆をいくような「無い無いづくし」のオペラです。

まず、多くのききてが期待するアリアが極端に少ないです。タイトルロールに与えられたアリアは僅か1曲のみ!(だいたいにおいてこの「フィエラブラス」自身が存在感のない不思議な人物です)

それに対して二重唱・三重唱、合唱などアンサンブルが多いのが特徴です。その意味では当時としては異色のオペラ、シューベルトよりもずっと後の現代オペラのようです。

作品としてはモーツァルトの「皇帝ティートの慈悲」のやベートーヴェンの「フィデリオ」の残像を感じながらききました。

演奏は歌手全て一流が顔を揃えており、アリアもですが重唱の時の競演にはきき惚れます。アバドの指揮も意欲的で音楽表現も豊かでライヴの勢いそのままの流れが収められています。

オーケストラ起用がヨーロッパ室内管弦楽団だったのも成功だったと思います。

若手を中心としアバド自身も結成に関与し、シューベルト交響曲全集・ハイドン交響曲集といった注目する録音もしており、このような特殊なオペラ上演への理解を示し積極的な協力があったと思います(これが、ベルリン・フィルウィーン・フィルではそうはいかなかったでしょう)

序曲は暗い痙攣のようなトレモロから始まり、そう!未完成交響曲のような闇堕ちしそうな旋律。オペラの開幕というよりもソナタ形式による演奏会用序曲のようなきき応えがあります。

楽曲においてはクラリネットの活躍が目立ちます。ある時はオブリガートのように、ある時はユーモラスな伴奏者のように歌手により添います。他の楽曲おいてもオーボエやトランペットも特徴ある使用が感情や場面描写に役立っています。

どの音楽もシューベルトらしいメロディー豊富なものなので、それに耳をすませていればストーリーが理解できなくてもそれなりに楽しめますが、劇としてのききどころは第2幕くらいからでしょう。

第16曲では舞台裏のトランペット吹奏で軍隊の到着を表現していますが、これなんかはベートーヴェンの「フィデリオ」の大臣到着を告げる場面と重なります。

また、フロリンダ(君主ボーラントの娘、フィエラブラスの妹)が閉じ込められている塔の窓から騎士ローラント率いるフランク軍とムーア軍との戦闘実況中継みたいなメロドラマと名付けられた第17曲bでもベートーヴェンと通じる緊張感を持った音楽で戦闘描写を行うのですが、戦いの場面であっても決して大きい音や、絶唱ではない表現をしているのは、声楽を良く解っているシューベルトらしさを感じます。

第3幕、戦いがあり、愛も絡み、フィエラブラスのあまりの善人ぶり!?による誤解も解け、対立するふたつの国は宗派を超えてお互いに理解・和解して平和と君主の慈悲、喜びのうちに幕が下ります。

対立や恋愛の愛憎により主要登場人物が誰も死なない(殺されない)というのも安心できます。

そんな簡単な話ではないですが、現在の世界においても国家はこのようにありたいと思います。