音楽枕草子

クラシック音楽や読書関係の感想記として投稿しているblogです。Xでは身辺雑記のポスト、blog投稿の追加情報のリポストなどしています。

Selct Classic(41)~ハイドン:交響曲第1番【トーマス・ファイ追悼】

100曲を超える交響曲を残したフランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)の第1番 ニ長調 Hob.I:1の番号をもつこの交響曲はボヘミア(現在のチェコ)のドルニー・ルカヴィツェのモルツィン伯爵に仕える宮廷音楽監督を務めていた1759年頃に作曲されたそうです(ハイドンの初期作品の研究は資料が少ないようであまり進んでおらず、第1番とされますが、この曲が本当にハイドンが最初に手掛けた交響曲かも謎らしいです)
編成は弦楽器(5部)にオーボエ、ファゴット、ホルン2本という小編成。3楽章形式という当時のイタリアのオペラ・シンフォニア(イタリア・オペラの序曲スタイル)の影響があります。

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第1楽章:Presto(4/4拍子)
クレッシェンドによる音階が上昇してくところは当時流行のマンハイム学派―カンナビヒ、シュターミッツ父子のシンフォニーを連想する活気あふれる主題が展開します。まるで花火がしゅるしゅると夏の夜空に上ってドカンと大輪の華を咲かせる瞬間みたいな感じです。弦楽器の快速な動きと木管の装飾的な役割もそれらの影響をを受けているように思います。完全なソナタ形式による交響曲の前段階ではありますが、興奮と軽やかさが交互に登場して若々しいエネルギーに満ちています。晩年の大成したイメージが人口に膾炙していますが、1759年作曲としたら27歳の青年ハイドンとなります。
第2楽章:Andante(ト長調、2/4拍子)
弦楽器のみによる穏やかな緩徐楽章。優美な横に流れるようなメロディー、ヴァイオリンの絡み合いがバロック音楽の宮廷舞曲の面影を残しつつつも、古典派の透明感・清潔感があります。穏やかな曲

 

調がききての心を優しく包み込みます。
第3楽章:Presto(3/8拍子)
軽快で陽気なフィナーレ。弾みの良いリズムと楽しげなフレージングが魅力。弦のイキイキとした響きと歓喜の爆発、第1楽章の主題要素も回想的に現れるなど、統一感を持たせているのが特徴といえます。わずか81小説しかないのであっという間に終わってしまいます。また全曲も約12分と短く、やはりオペラ・シンフォニア・スタイルの作品であると思います。

恐らくハイドン作といわれなければ、シュターミッツ?カンナビヒの全古典派?バッハJr.かな?と思うハズです。嫌味のない音楽がこの時代における作品の特徴なのでしょっちゅうはきかないですが、嗜好には一致した交響曲です。

【Disc】

こんかいはハイドンの交響曲をご紹介するとともに先月亡くなったドイツの指揮者トーマス・ファイの追悼もしたいと思います。

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1960年生まれのファイはニコラウス・アーノンクールに学び、ハイデルベルク交響楽団を組織し(最初に結成した室内オーケストラの進化してこの名称になったそうです)他にマンハイム・モーツァルト管弦楽団を結成するなど師の影響を受けてか、時代・奏法・編成などにこだわりがあったようです。しかし、ファイのスタイルは純正古楽器(ピリオド楽器)演奏ではなく、モダン楽器とピリオド楽器の融合にあります。

なりの良いモダン楽器に金管楽器や打楽器はピリオド楽器を使い奏法の特徴と魅力を最大限に活かして師にも匹敵するアグレッシブで精緻な響きをきかせてくれました。使用する楽器ではなく、音楽表現の最大化はこれまた師アーノンクールから受け継いだものでしょう。

注目&期待されたハイドンの交響曲全曲録音プロジェクトも半ばを過ぎた2014年に階段からの転落事故により重い脳の損傷を患ってしまい、とん挫して指揮活動も引退状態となってしまいました。そして先月6月27日(24日)に脳損傷の後遺症で亡くなってしまいました。享年65歳。本当に惜しまれる死去であります。

ファイの残してくれたハイドン、モーツァルト、サリエリ、ベートーヴェン、メンデルスゾーンなどをきくとその想いが募ります。

ハイドンの100曲を超える交響曲の出発点となった第1番をきいて青年ハイドンによる進取の意気込みを実感するファイの演奏を改めてお奨めします。


www.youtube.com

こちらは現在ハイドン交響曲全曲録音プロジェクト進行中のジョヴァンニ・アントニーニ指揮イル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏映像。こちらもファイのスタイルに近く、オーケストラはピリオド楽器です。

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フルトヴェングラー生誕140年~正規録音集大成 完聴記 第1章②SP録音期

今週は先月の続きで1930年代のポリドール録音視聴記となります。前回同様管弦楽は全てベルリン・フィルハーモニー管弦楽団です。

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【CD2】

〇ワーグナー:楽劇「ローエングリーン」~第1幕への前奏曲(録音:1930年)

滔々としたメロディーラインを一本の流れとして緊張感途切れずに維持されています。SPなので少なくとも1回は中断が入っているはずですが。その編集痕跡も分かりませんでした。保存されていた原盤自体も良好だったのでしょう、統一された録音された会場の空気感も同時に感じることのできる素晴らしい演奏記録。

終止時の弱音が「静の美しさ」があります。

〇ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」~第1幕への前奏曲・愛の死(録音:1930年)

この組み合わせは度々演奏会で取り上げていたようでライヴも含めて複数の録音が存在しています。

弱音から音に力が加わっていくときの高揚感がいいです。フォルテッシモでも音が混濁しない、また静かな音(ティンパニのトレモロや低弦楽器の動き)もしっかり捉えられています。

「前奏曲」~「愛の死」まで停滞感が無い―これはテンポ設定が速め、休符、休止などフェルマータのタイミングも切り上げ?(短め)、当然SP録音時間への制約を意識してのことだと思いますが、後年の録音よりも覇気があるとともに、瑞々しい印象を受けます。シンフォニックな傾向と言ったらいいのでしょうか、声がなくともひとつの交響詩のようにききました。

〇シューベルト:劇付随音楽「ロザムンデ」序曲(録音:1930年)

この時期に録音された他の作品と比べると音質が落ちます。ノイズが多く音もピンボケ気味、しかし序奏部のチカラコブの入った深い暗さもある響きはフルトヴェングラーらしさがあり、ベートーヴェンの「コリオラン」や「エグモント」と並んでも遜色ない音楽として表現されています。

主部はトートツなアッチェレダントに驚きますが、脇目も振らず音楽に没入、低弦楽器も目立ってきこえ、交響曲第8番「グレイト」くらいのパワフルさと推進力があります。

〇R.シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(録音:1930年)

大管弦楽のフォルテ~ピアノ、各楽器のフレーズひとつひとつが100年近く前の録音でもこれほどの音できけることに改めて感謝。

各場面描写の表現が堂に入っており大家の技です。細部の表現が丁寧―こういった演奏をきくと後の演奏家の方が技能も向上しているはずなのに大雑把な演奏がいかに多いことか!

フルトヴェングラーといえば「重苦しい」というイメージですがこの録音を含めて颯爽としており、とかくR.シュトラウスといえばケレン味、外面の響きばかりに耳がいきますが、洒脱でとても好感を持ちました。

*この録音のリハーサルが9分弱おさめられています。フレーズを歌ったり、オーケストラを叱咤したり、とても熱量が高く集中力を要求されるハードなリハーサルであったことを窺わせる貴重な音源。

来月の投稿でも引き続き1930年代のポリドールSP録音をきいていきたいと思います。

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【ドラマ視聴】ヤング・シャーロック~オックスフォード事件簿

Amazon Prime Videoで配信中の新作ドラマ『ヤング・シャーロック ~オックスフォード事件簿~』(シーズン1・全8話)視聴記となります。

ヤング・シャーロック ~オックスフォード事件簿~ シーズン1を観る | Prime Video (amazon.co.jp)

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www.youtube.com

配信スタートは大分前になりますので既に視聴済の方もいるかも知れませんが、私は音楽も同様に長編ドラマなど長尺ものを一気に観る習慣がなく、コツコツと試聴してブログ記事にまとめるまで時間が掛りました。

シャーロック・ホームズはイギリスの医師・作家のサー・アーサー・コナンドイル(1859-1930)が創作したミステリー小説の主人公として世界に知られた探偵です。

その原作は聖書に次ぐベストセラーともいわれ、映像化はもちろんですが、原作をもとにしたパスティーシュ映画・ドラマ・小説など派生品が多数存在します。シャーロック・ホームズのファン=シャーロッキアンはドイルの書いた原作を「正典(聖典)」とも呼称します。

今回のドラマの面白いところは若いシャーロック・ホームズを主人公としているところです(昔、スピルバーグ監督作で学生のシャーロック・ホームズが主人公の映画がありましたが、変わったところでは三谷幸喜脚本によるNHKの人形劇もありました)

シャーロック・ホームズは登場から100年以上が経過して原作が人口に膾炙し、主人公像も確立しているキャラクターなの改変しすぎると原作重視派からバッシングを受ける(私もそちら側なので)どこまで製作者のオリジナリティや作品としての面白さ(演出効果)を加えるか手腕が問われます。

その点でこのドラマは思い切って原作ではほぼ触れられない若い頃、19歳のシャーロック・ホームズがオックスフォード大学を舞台に初めて本格的な事件に挑むお話。まだ「名探偵」になる前の荒削りで無鉄砲な青年シャーロックが頭のキレは抜群なのに経験不足で失敗、勢い任せで突っ走ったりする姿がとても新鮮です。

製作はガイ・リッチー(ダウニーJr主演のホームズ映画2作の監督!)なのも納得のテンポ良くアクションも派手。重厚な英国ミステリーというより、冒険活劇&エンタメ要素が強いです。

【見どころポイント】

①ホームズ物といえば、よき友にしてストーリー・テラーのジョン・H・ワトソンが不可欠ですが、設定はまだ彼と出会う前なので意外な人物にそれを割り当てています。

ジェームズ・モリアーティ!面白ポイントです! 原作では宿敵として「最後の事件」では死闘を演じたジェームズ・モリアーティがシャーロックの理解者・親友として登場します。二人で事件を追いかける掛け合いが軽快で、ユーモア要素がありその関係・距離感に注目です。同じ頭脳を持つ者としての推理を進めていく過程が映像効果を使用して視聴者にも理解しやすくしています。この後のモリアーティを知っているので「まだ悪に染まりきってはいないが、その片鱗が見え隠れする感じ」が原作ファンも納得すると思います。また将来的な伏線部分も散りばめられています(これは今後シリーズ化されることも考慮してでもあると思います)

ワトソン不在のこの設定、大胆だけど新しい視点の作品です。

②原作ではシャーロックの学生時代や家族の詳細はほとんど描かれていません。このドラマでは「IFストーリーのオリジナル要素がたくさん入っています。家族の過去やトラウマ、兄マイクロフトの役割なども独自解釈で膨らませ、父、母、妹の存在がドラマを動かすキャラクターとして存在感バツグンです。

タイトルが「オックスフォード事件簿」なっているので(余談ですが、コリン・デクスター著の「主任警部モース」シリーズもオックスフォードが舞台になるなど、英国の「オックスフォード」は日本の「京都」みたいな立ち位置なのでしょうか!?)原作の雰囲気(知的な英国のミステリー)を踏襲した謎解き作品かと思うと政治やスパイ、陰謀が絡みアクションを混ぜ展開していき英国外にまで飛び出し冒険活劇のようになっていくので観ている側もアップデートしていく必要があります(それに伴い人物相関も目まぐるしく変わっていきます)。

第1話の冒頭のシーンが後半に効いてくる伏線が上手い!「あっ、これ繋がるのか!」となります(詳細はもちろん内緒にします。

「未熟な名探偵」シャーロック・ホームズに対する「未完の犯罪者」ジェームズ・モリアーティも後に「犯罪界のナポレオン」と呼ばれるほどに裏社会を支配するに至ったのか、その影響を受けたのは「誰」・「なぜ」をストーリーの中にうまく盛り込み原作の空白期間をうまく脚色し、ホームズ物にはめったに登場しない家族を物語の柱にして全8話を弛緩なく観ることができました。

さすがAmazonのように幅広い年齢、人種を問わず商売をしている企業だけあり、原作(正典)を読んでいなくてもアクション&冒険スタイルのドラマとして楽しめるように製作された作品でした。

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完聴記~ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲⑤(パシフィカ・カルテット)~生誕120年

ショスタコーヴィチ生誕120年記念の弦楽四重奏曲全曲完聴記の第5回目、同じ1964年に作曲、初演された第9番と第10番。演奏はパシフィカ四重奏団。

弦楽四重奏曲第9番 変ホ長調 Op.117(作曲・初演:1964年)

5つの楽章が切れ目なく演奏されます。2番目の奥様イリーナに捧げられています。 前妻ニーナとの思い出に捧げられた第7番や自虐的な第8番よりは少し明るめ。でもショスタコーヴィチ流の「明るさ」は、いつも影を背負っていますが。

第1楽章:Moderato con moto ゆったりした動きで始まります。第2ヴァイオリンがウネウネと動く伴奏の上に、第1ヴァイオリンが優しいメロディを歌い出す。

3つの主題が巧みに展開されていくところは耳の肥えたききてはウキウキしてきいてしまうでしょう。

第2楽章:Adagio 静けさに覆われたエレジーのようで突き詰めた美しさ、そこに冷たさも同居したショスタコーヴィチの表裏一体の表現があります。マーラー風の響きも一瞬耳を過ります。

ヴィオラと第1ヴァイオリンの美しくて情熱を感じる対話は印象的で奥様とショスタコーヴィチの相思相愛のところをきかせたかったのでしょうか?

楽章終わりで次の楽章を予感させるようにしてアタッカで第3楽章へ

第3楽章:Allegretto 交響曲でもきかれた騎馬・戦車の行進のように激しい舞曲に基づくリズム。スケルツォとギャロップが混合したような音楽です(ジャズの要素も入っているような)高揚する音楽に挟まれて鼻歌のような中間部が舞曲的なメロディーがあるのが印象的。でもこの楽章、はしゃいでいるようでいてやっぱりアイロニカルなところが顔を出しています。

第4楽章:Adagio 再び暗く荘厳な空気となり沈黙が支配するこころにピッツィカートが割り込んでくると波紋のように広がりができます。器楽的要素と四重奏(合奏)の要素があるようにきこえます。第1ヴァイオリンが強い調子で弾かれるところはレチタティーヴォか悲劇のヒロインが独白の場みたい。表面的には静かでも内心の揺らぎ「ザワザワ」が伝わってくるのは彼らしい作風。

第5楽章:Allegro 他の楽章の2倍くらい長くこの曲の集大成といえる楽章。楽章冒頭は激情したように第4楽章のテーマが回帰します。スラヴ的、ユダヤ的、中東的、民謡的な素材が次々と入れ込まれて高揚をきかせます。

力強いピッツィカート、トレモロなど響きも斬新で撥弦楽器としてではなく打楽器の様な扱いにもなります。

後半になると騎馬行進のようなモチーフが登場、より動きが躍動的な展開となります。その高揚がまさに「ハイ」になって終止します。その状況には「狂」すら覚えます。

全体として、第9番は比較的明るめで活力があるのですが、やはり「裏の何か」を垣間見せる(きかせる)のはショスタコーヴィチ。

シンフォニックな響きが多いのでこちらも弦楽合奏用に編曲したらきき応えもあるのでは?

弦楽四重奏曲第10番 変イ長調 Op.118(作曲・初演1964年)

第9番と同じ年に書かれた第10番は初演日も同日(11月20日)作曲家ヴァインベルク(1919-1996)に献呈。*ショスタコーヴィチとは弟子・親友の関係

第9番とは表裏の関係といえます。シンプルで落ち着いたところは晩年の作品への向かいつつあるようです。

第1楽章:Andante ソロ・ヴァイオリンの四音モチーフから始まり、minorとmajorの受け渡し、穏やかなソナタ形式で古典派以来のカルテットの歴史を突き詰めてくるとこういった音楽になるのだ、と納得させられます。ここでは例のDSCH音型の影も(彼の音名モチーフ:D-E♭-C-B)。

第2楽章:Allegretto furioso 「furioso=激怒して」という彼のカルテットでは珍しい指示。前楽章が序奏だったのか!というくらいインパクトが強い音楽。「烈」の言葉がピッタリくる音楽。弦楽四重奏とは思えないくらいの迫力があります。しかしきいているとここでショスタコーヴィチは怒っているのか、怒った「フリ」をしているのか、はたまた全く他のことを考えてるのかしら?と思います。

第3楽章:Adagio チェロが主導権を握りパッサカリア(繰り返しの低音の上に旋律が積み重なる形式)というバッハ以来のガチガチの古典的様式に基づく構成。チェロに寄り添うように弾かれるヴァイオリンの旋律がタマラナク美しいです。

第8番のカルテットとは対照的な、単純に言うな癒し「平安を追求した」音楽にきこえます。その余韻を保ちアタッカで次の楽章へ。

第4楽章:Allegretto – Andante 交響曲第9番のような鼻歌風のどことなく皮相的でもあるテーマが呈示されます。展開部もどことなく人を食ったような肩透かしにあったような感じ。次第に力を加えていくといつもの?進撃テーマの形が造られて「すざましき」音楽になります。

第3楽章のパッサカリアや民謡風なリズム、DSCH音型も登場して全曲の頂点へと導きます。それが落ち着くと虚ろな静けさのうちに掴みどころなく終止します。

第9番の明るさに比べ第10番は作曲技法の粋をきかせた晩年の作風への入口にあるカルテットと思います。

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Selct Classic(40)~アーベル:ドレクセル写本~ヴィオラ・ダ・ガンバのための29の小品集

このブログには何回か登場いただいているバロック後期~前古典派の作曲家カール・フリードリヒ・アーベル(1723~1787)

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ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者としても人気があり、その代表する作品は「ドレクセル写本」として伝わる全29曲の小品集があります。

まず「ドレクセル写本(Drexel Manuscript)」とは何ぞや?となりますが、これはアメリカの銀行家ジョセフ・ウィリアム・ドレクセル(1833-1888)が集めたアーベルの29曲以外にアルカンジェロ・コレッリのソナタ17曲を含む6000曲以上の印刷譜・筆写譜・自筆譜などを指します。それを死の直前(1888年)にレノックス図書館に寄贈して現在に伝えられることになりました。

作品は短いもので約30秒、長いもので5分など長短の作品が連なります。恐らくアーベルが演奏会用に折々にストックとして書いていった・即興で弾いた・弾くため(弟子への練習用なども?)の草稿をメモのように綴っていったものであるとされます。そのため全29曲を続けて演奏するような想定の作品ではありません。

ほとんどはD majorの曲ですが、第22番~第26番のD minorの曲は緊迫感や濃厚な歌いくちが印象的な名品といえます。A majorの作品もありますがこちらは朗らかで牧歌的です。

溢れるメロディーからは即興性を―ゆったりとした楽曲では楽器の持つ豊かな響きを存分に味あわせ(アルコールを嗜好したといわれるアーベル、ワインの泉からそのインスピレーションを得ていたのでしょうか?それくらいまろやかで芳醇な旋律もあります)―そして技巧も凝らしてききての耳目をあつめるように―当時の作曲家の当然のたしなみフーガも織り込んでいます。

ヴィオラ・ダ・ガンバの先達フランスのマラン・マレ(1656-1728)へのリスペクトや晩年の大バッハと面識もあったので無伴奏チェロ組曲からその精神を受け継いでいると思わせる瞬間もあります。

※アーベルの父親はバッハが楽長を務めていたケーテン宮廷楽団のチェロ&ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者として在籍しており、その縁からバッハの後援でアーベル本人はドレスデン宮廷楽団に入団。

理由は定かではありませんがドレスデン宮廷楽団務めでは満足しなかったのでしょう、ロンドンへ出てバッハの息子ヨハン・クリスティアン・バッハ(「ロンドンのバッハ」とも呼ばれる)とタッグを組み「バッハ=アーベル・コンサート」を主催して成功を収めます。しかし1782年にバッハが亡くなると急速に人気は衰えアーベルの人生も斜陽の時を迎えます。

衰退していく楽器ヴィオラ・ダ・ガンバ最後の陽光としてカール・フリードリヒ・アーベルの生涯がありました。

【Disc】

以外!?にも複数のディスクがあります。いちばん最近発売されたアレハンドロ・マリアスが弾いている録音は近年の古楽器演奏家の技術と質の向上を実感します。

特殊調弦―もとよりややくすんだ独特の音色の―決して目立つ楽器ではないのですが・・・古楽器(ガット弦)の擦れる音や奏者息遣いもノイズではなく音色としてきかせ、この楽器の持つ魅力を豊かなニュアンスで新鮮にきかせてくれます。

Brilliant Classicsレーベルによるアーベル作品録音は知られない作曲家の静かな普及へ貢献があると思います。演奏はもちろんですが、価格も廉価、録音も上質で、アーベルに限らずお世話になっているレーベルです。ありがとうございます。

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フルトヴェングラー生誕140年~正規録音集大成 完聴記 第1章①初録音~SP録音期

フルトヴェングラー生誕140年の今年からスタートさせる商業用録音55枚!CDボックスを完聴する企画、先月は第零章として投稿しましたが、今月からは第1章「初録音~SP録音期」をきいて参りたいと思います。

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このボックスはワーナー・ミュージック扱いのディスクですが、商業用(発売前提)の録音コンプリートを目指し、ポリドール、ドイツ・グラモフォン、デッカの音源も含まれたレーベル跨ぎのボックスであります。今回からきいていくのはポリドール録音です。

電気録音が実用化されて間もない1926年がフルトヴェングラーの録音デビューとなります。

曲目はウェーバーの歌劇「魔弾の射手」序曲とベートーヴェンの交響曲第5番。ベルリン・フィルの音楽監督に就任して4年目でもありました。

この2曲の録音は1991年にドイツ・グラモフォンがCD復刻した際にはメタル原盤、良好な音源が存在しない、との理由でCD復刻が見送られたと日本を代表するフルトヴェングラー研究家の桧山浩介氏がレコード芸術に寄稿されていました。

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そのため私は耳にすることはできませんでした―他レーベルなどで復刻はされていたのでしょうか?関心ないものですから・・・。

交響曲第5番は彼を代表する1947年5月のベルリン・フィル復帰演奏会の録音、ウェーバーも1950年代の録音があるという認識で、総本家が発売を見送るくらいの録音状態のものをきいても・・・と思っていましたが、今回初めてきいてみて記録以上の収穫がありました。

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【CD1】

〇ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲(録音:1926年10月16日)

フルトヴェングラー41歳、100年前の録音がこうしてきけることに感謝です。年代を考慮すればいうほど音質が悪いとは思いません。復刻技術の向上か?

テンポの自在な変化や加速、弦楽器が滑らかに歌うところ、深々とした響きのヒダにフルトヴェングラーらしさがきかれます。

〇ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 Op.67(録音:1926年10月16日・30日、1927年1月)

冒頭の4つの和音がうねりのように鳴ります―これは他の録音でも同様な特徴。そして主部に入ると颯爽とした推進力からは戦後~晩年の演奏とは異なる(もっぱらこの時代の印象が強いので)指揮者が壮年期であったことを再認識しました。

第2楽章はマエストーソといった趣の遅めのテンポによる歩みが重厚、弦楽器の濃厚な響き、細部への目配りがきこえてきます。

第3楽章アレグロよりやや遅めのテンポをとりながらも弛緩せずに緊張感を持続して骨太の響きをきかせ終楽章への期待を膨らませていきます。

第4楽章は緩急の差が大きい表現です。極端ともいえるその表現力がフルトヴェングラーの魅力ともいえるでしょう。オーケストラをそこまでコントロール下においている―楽団員の信頼とフルトヴェングラーの指揮で演奏することに燃えているように思います。

当然ながら古い録音なのでピントの合わないレンズ越しに見る風景のように、そこ鳴っていた音色や詳細な解釈まできき分けるまで至らないですが、思った以上に後年の録音よりもモダン―1926年にこの演奏がきかれていたとしたら、1930年代~40年代のトスカニーニやシューリヒト、メンゲルベルクよりも表現に多様性があったことになります。

*第1楽章、第4楽章のリピートは未実施です。

〇メンデルスゾーン:劇付随音楽「真夏の夜の夢」序曲(録音:1929年6月13日)

前2曲から3年後にして音質が格段に良くなっています。響きに深みが加わり残響を含めるとドイツ・グラモフォン盤よりも改良されているようにきこえます。

メンデルスゾーンの音楽にある明快、品のよさがより深化しています。物憂げ、儚さを情感豊かにきかせてくれます。これは当時のベルリン・フィルの響きあってのことでしょう。

「ものはあはれ」をこれほど実感させてくれるとは!この作品の演奏において録音抜きにしてイチオシしたい。

〇J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV.1068~エア(録音:1929年6月13日)

一音一音の強調、低弦の強調、それをゆったりなテンポで・・・原典主義正反対の演奏―間延びして音楽の持続力不足と思う方もいるでしょう。

こういった自己表出型の演奏もフルトヴェングラーだから古典芸能としてきかせてくれます。

〇シューベルト:劇付随音楽「ロザムンデ」間奏曲第3番/バレエ音楽第2番(録音:1929年6月13日)

間奏曲の寂しげなそしてデリケートな表現に惹かれます。「未完成」交響曲にもつながるような死後の世界を一瞬感じさせます。トリオの木管楽器の侘しさ、哀愁もききどころ。

バレエ音楽はデリケートでシューベルトという音楽家に持つイメージ通りの見事な表現。

シューベルトの交響曲を思わせるような響きがあってフルトヴェングラーが「未完成」や「グレイト」以外の交響曲を振ったらこうなったのかな?

*この間奏曲第3番もヴェーバーやベートーヴェンと同じ理由でCD復刻を見送られたものです。また翌、1930年にも再録音をしており、こちらはドイツ・グラモフォン盤できくことができますが、今回のボックス・セットには収められていません。コンプリートを目指したそうですが不思議です。

改めてこの1929年盤と1930年盤をきき比べてみたいと思います。

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指揮者クラウス・テンシュテット生誕100年~初来日公演ライヴ

本日は旧東ドイツ出身の指揮者クラウス・テンシュテット(1926年6月6日-1998年1月11日)の100回目の生誕日=生誕100年です。

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彼のキャリアにおいて一番良い関係を築いたのはロンドン・フィルハーモニー管弦楽団。1983年に首席指揮者・音楽監督となり、とてもナーバスで自己批判も強かったといわれるテンシュテットを支えました。1985年に癌を発症しキャンセルも多くなり1987年には音楽監督を辞任し、心身ともに不安定となったときも献身的に支え続けます。1993年に最後となった指揮も同オーケストラとでした―マーラーの交響曲第7番を演奏(ライヴ録音がEMIにより収録)そのまま引退状態となり1998年に亡くなりました。

テンシュテットの活動期間は残念なことに西側に亡命し活動範囲も広がり、これからというところで病気になり十分な活動ができず、指揮者の円熟期と云われる時期に亡くなってしまったというあまりにも不完全燃焼と言わざる得ない不幸な指揮者です。しかし、その音楽への純粋な奉仕と情熱で永遠の輝きを残してくれた忘れることのできない巨匠のひとりです。

そのテンシュテットの残した遺産から今回は1984年にロンドン・フィルハーモニー管弦楽団と初来日した時のライヴ録音をご紹介します。

前年ゲオルク・ショルティから音楽監督の座を引き継いだテンシュテットの来日公演、恐らく当時日本における彼の知名度はそれほどでもなく、これからの指揮者というイメージで、ショルティの後を継いだ指揮者のお手並み拝見(聴)といった認識であったでしょう。どうしても当時はカラヤン、バーンスタインの両巨頭に先のショルティ、そして小澤征爾、ムーティ、メータなどの中堅指揮者を含めて百花繚乱の音楽界でした。

その中においてこの来日公演によって日本におけるテンシュテット評価の起点になったと思います。

スケールの大きさと音楽への没入がすざましいです。録音できく私程度の人間がそう感じるのですから実演をきいた方はもっとインパクトがあったハズです(きけた方が羨ましい。私は生物学的にきくことは困難でした・・・)

まずは1984年4月11日東京(簡易保険ホール)公演、シューベルトの交響曲第7番「未完成」とブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」

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シューベルトはやや恣意的と感じるかも知れないですが、もとより演奏解釈の根っこにはそういった側面があり、我々ききてもそれを期待?してきき比べなることをして一喜一憂?喧々諤々?することに喜び・楽しみを見出しているのですから―

歌のシューベルトというよりもアグレッシブでタフなスタイルです。この激しい感情の揺れ動きは彼のマーラー演奏につながるものがあります。

ブルックナーはスコアの改変や改訂があるので一概にはいえないですが、思わぬフレーズを強調してみたり、激しく荒々しく振舞う耳の離せない演奏です。腕はとても良いのだけれど無口なコックが、修業時代の研鑽を感じるタコが付いた手で「ホレ食べろ」と出されたシンプルながら美味しい料理を食べたような感じです。

テンシュテットらしさを感じるのは終楽章の雄大なスケール感、ライヴ環境というのもあるかもしれませんが会場になったであろう音響が再現されています。シンバルが追加もききもの。第1楽章の後半のフレーズや終楽章12分40秒あたりの弦楽器の動きにマーラーを連想させるところも。

*ブルックナー、シューベルトのリハーサルも収録されています(約36分)

次は13日大阪(フェスティバルホール)公演、モーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」とマーラーの交響曲第5番。

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モーツァルトはその頃当り前のオーケストラをダイナミックに鳴らした祝典的交響曲にふさわしい演奏。

マーラーはフレーズのひとつひとつをえぐる様に進んでいきます。現代的なスマートさはありません。武骨にその繰り返しを積み重ねて曲を形作っていき、ききてはその構築力とスケール感に気圧されます。

第1楽章の12分くらいでは死の恐怖・死の宣告(審判)のような闇・深刻さがあり、弱音を保ちつつ終止になる瞬間の緊張感!全楽章を通じてライヴならではの緊迫感と音楽がそこで鳴っているリアルな空気を感じることができます。

*約2分弱のインタヴューが収録されています。

このような録音を残しておいてくれた関係者に感謝です。東京FMとFM大阪が放送収録した音源とのことです(この頃は民放FM局もクラシック音楽に力を入れていたのですね)

またマスタリングにはアルトゥス・レーベルの代表斎藤啓介氏、ジャケット写真は木之下晃氏という信頼できる方々が製作に携わっていることもこのディスクの価値を高めています。

他にも皆様におききいただきたい録音もありますので改めて生誕100年のテンシュテットを取りあげることができればと思います。

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今月のお買い物~中古レコード購入記録(2026年5月)

BOOKOFFさんで購入した中古LPレコード・CDの投稿にお付き合いをお願いいたします。

○オッフェンバック:序曲集  グラモフォン 28MG 0120

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

いまやオッフェンバックの序曲をまともに取り上げる演奏家などいないでしょう。あれだけ通俗名曲、小品の録音を残していますが、オッフェンバックの序曲集のアルバムはこれのみです。恐らく「天国と地獄」序曲をフィルハーモニア管弦楽団と1950年代~1960年頃に録音したくらい(あとは「ホフマン物語」~”舟歌”を録音しているかどうか?)で他の序曲は初録音、オペラ全曲上演はもちろん、序曲も実演で取り上げてもいないでしょう。それなのに1980年というデジタル録音最初期=高音質化&長時間収録可能=CD時代になりつつあった時期になぜこんな作品集を録音したのでしょうか。1980年代におけるカラヤンの不思議のひとつです。

初期西ドイツ・プレス盤(400 044-2)を所有していますが、帯付きでジャケットも美品であったのでコレクション用に購入。

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○ペルゴレージ:歌劇「奥様女中」(全曲)  キングレコード(ゼブン・シーズ・レコード) SR 5015

セルピーナ(ソプラノ):レナータ・スコット/ウベルト(バス):セスト・ブルスカンティニ

指揮:レナート・ファッサーノ/イタリア・コレジウム・ムジクス小歌劇場他

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これはスコットの珍しいレコードと思い購入。恐らく国内CD化はされていないでしょう。彼女以外の歌手、演奏家共に知りません。録音は1960年とのことですので復古的演奏スタイル創生期イタリアにおける録音でしょう。

この歌劇「奥様女中」は「スターバト・マーテル」と共にわずか26歳で亡くなったペルゴレージが残した数少ない作品ですが、入手可能な音源が少ないのが残念です。

歌劇「奥様女中(La serva padrona)」は単独で上演されるオペラでは無く「幕間劇」と呼ばれる、メインのオペラ上演のまさに「幕間」に上演される短くシンプルでコメディ(喜劇)的スタイルの音楽付き劇のような作品になります。しかし同時に上演されたメインの「誇り高き囚人」(こちらはオペラ・セリアという真面目なストーリーによる作品)は全く話題にならず、この「奥様女中」の方が評判となり、後に単独で上演されるまでなったそうです。まるで軒を貸して母屋を取られた形となりました。

でも音楽界には幸運。この手の作品は恐らくオペラに付随する消費物としてたくさん作られ、忘れ去られていく運命だったことを思うと幸運なことでありました。

対訳付きなのが嬉しい。昨今国内再発売CDへの対訳は付かない、CDブックレットの文字は最近特に読み辛い(泣)のでLPサイズの対訳は重宝します。

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○グリーグ/シューマン:ピアノ協奏曲  東芝EMI SAC-55070

ピアノ:オラシオ・グティエレス 指揮:クラウス・テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

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このレコードで見るまで知らない録音でした。チョン・キョンファやナイジェル・ケネディとの協奏曲の録音は演奏家の知名度や話題性もあってCDで再発売がありましたが、この録音の国内盤は廃盤になっているのではないでしょうか?

全く未知の演奏家ですが、解説書によるとグラティエレスは1948年キューバに生まれてアメリカに活動拠点を移し、ジュリアード音楽院で学び1970年のチャイコフスキー国際コンクールの2位受賞者とのことです。

シューマンのコンチェルトはブラームスのそれと並びロマン派で好きなピアノ・コンチェルトなので様々な演奏をきいてきましたが、テンシュテットの伴奏も含めて興味ある録音です。

○ワーグナー:管弦楽作品集  グラモフォン F35G 50069

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

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今更とお思いにCDですが・・・再発売CDは所有していたものが行方不明。

販売価格が安い&割引クーポン使用で入手。それも国内初期CDのシール型帯というのも入手理由(当時新譜CD定価は3,500円でとても安易に手が出せるものではなく憧れの品でした)

1987年にもドキュメンタリー制作に併せたワーグナー・ライヴがあります(初出盤F32G 20255)。歌劇「タンホイザー」序曲と楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲&愛の死が重複しているのでベルリン・フィルとウィーン・フィルのオーケストラの違いを含めてきき比べでもできれば。

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以上、最近入手のレコード紹介投稿でした。

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読書「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(新潮文庫)

村上春樹さんの『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年刊)は、彼の長編の中でも特に評価が高く、谷崎潤一郎賞を受賞した作品です。村上ワールドの出発点とも言える魅力的な小説です。

以前投稿した『街とその不確かな壁』(2023年)のプロトタイプともいうべき作品であります。

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物語は奇数章と偶数章で異なる世界が交互に展開する二重構造になっています。

①ハードボイルド・ワンダーランド(奇数章):東京が舞台。主人公の「私」は「計算士」という高度な秘密保持を必要とされる職業で、脳を使ってデータを暗号化・処理(シャフリング)する仕事をしています。所属組織と敵対勢力の争い、変わり者の老博士、博士の孫娘、図書館の女性司書などが登場し、アクションやミステリー要素が強いハードボイルド調です。「計算士」という著者創作の職業ですが、今日のAI・ビック・データ処理、アルゴリズム解析などデジタル情報化社会におけるSEなどを予想していたようで驚きます。

②世界の終り(偶数章):高い壁に囲まれた静かな街を舞台にした幻想的な物語。主人公の「僕」は一角獣(ユニコーン)の頭骨から夢を「読む」仕事に就きながら、自分の「影」や街の秘密に迫っていきます。静寂で詩的、心情が欠如したような世界です。

この①と②の全く異なる世界が交互に語られ、最初は全く繋がらないように見えますが、徐々にその関係性が明らかになっていく構造が最大の魅力です。読者は二つの物語を並行して追いながら、最後に「一本の線」になる瞬間を体験します。

私はまだ幼かったので情報としてしか知りませんが、作品の発表された1985年は日本のバブル経済入り口で、物質的豊かさと情報化が発達した時期でした。パソコンも家庭に普及し始め、レーザー技術やバーコードが日常生活に浸透していき、東西冷戦下でもあったので米国とソ連の情報・技術戦争も情報の暗号化・解読というテーマがそれを後押ししていました(これが現在社会と重ね合わせるとより現実味があり、村上春樹作品の普遍性を実感します)

テーマの核心は「意識と無意識の関係(潜在意識)」「現実と内面的世界の境界線」「個人のアイデンティティと喪失からの再生」「死と永遠、生の意味」これも現在社会のデジタルに触れすぎによる疲弊、心の病など現代とリアルに通じていることを感じます―上巻303ページ「お前はなぜここにいるのだ」「お前は何を求めているのだ」という問いかけが象徴的です。

彼の作品における装飾音のように登場するジャズ、クラシック、映画、アルコール、料理、車などへの言及も随所に散りばめられていてSF、ファンタジーの設定の中にも日常のリアリティが共存しています。

・クラシック音楽も結構登場します。カサドシュの弾くモーツァルトのピアノ・コンチェルト。それも第23番と第24番という絶妙な選曲!(上巻179ページ)、ブルックナーのシンフォニーとラヴェルの「ボレロ」(下巻280ページ~)、バッハの「ブランデンブルク協奏曲」では演奏比較についての会話の描写という現実では想像しにくい場面の描写もあります(下巻310ページ~)

・映画では不釣り合いな場面に「眼下の敵」(ドイツの潜水艦とアメリカの駆逐艦の南大西洋における戦闘を描いた作品。個人的に大好きな映画のひとつ)が登場するので不意打ちを受けました(上巻189ページ)

・アルコールでは下巻60ページで主人公がウィスキーを飲む姿を想像する巧みな、そしてキザな描写があります。

他に下巻329ページでメリー・ゴー・ラウンドについてほんの少し書いているのですが、この作品と同じ年1985年に発表された短編集「回転木馬のデット・ヒート」があります。それとの関連性を持たせているのでしょうか。改めて読み直してみたいと思います。

当時の日本は経済成長の絶頂に向かう一方で、精神的には空虚が漂い始めていました。この作品はそうした時代に対するアンチテーゼとして、「心の回復」と「本当の自分」の探求をファンタジーの世界を借りて描いたものと言えます。

主人公の最終的な選択は現実より虚構を肯定する姿勢になります。現在社会の「個の中で生きる」ことと共鳴するように思いますが、『街とその不確かな壁』ではこの「壁」の問題が再び登場して現実との向き合い方が変化している点も興味深いです(それを選択する主人公の描き方がまたカッコいいのが村上流センス)

村上春樹さんの作品の中では哲学的要素とエンターテイメント性を兼ね備えているように思いました。

rochade.hatenablog.com

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完聴記~ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲④(パシフィカ・カルテット)~生誕120年

ショスタコーヴィチ生誕120年の弦楽四重奏曲完聴記の第4回目。1960年に作曲された第7番と第8番―全15曲の折り返し地点となりました。演奏はパシフィカ・カルテットです。

弦楽四重奏曲第7番 嬰ヘ短調 Op.108(作曲・初演:1960年)

全15曲中最短の作品。ここでの演奏は全3楽章で約12分。1954年に亡くなった最初の奥様ニーナの思い出に捧げられましたが、作曲者の心の言葉「長々と愚痴をこぼすのも面倒くさいよ」といっているのでしょうか?そこも何か意図がありそうです。

第1楽章 Allegretto 軽やかに始まります。ポロポロと跳ねるようなメロディー。まるで「今日は上機嫌だよ」という顔つき。そこに3音のノックのような動機が繰り返される―ニーナの寝室をノックする音?それとも誰か訪ねてきたのか?親族?友人?それとも・・・陽気さを装いつつ、内心ビクビクしているような・・・ショスタコーヴィチらしい表裏・陰影のギャップがたまりません。

第2楽章 Lento 静かで少し儚さというか虚無感があり、どこか現実逃避しているような―でも逃げ切れない寂しさ。前の楽章の緊張が少し溶けたように思わせても実は溶けていない。まるで「一瞬だけ目を閉じて忘れようとしたけど・・・」という感じ。

第3楽章 Allegro-Allegretto いきなり激しいフーガみたいに暴れ回る部分が機械的な感じがします。些細なことから始まった夫婦喧嘩?暴力的なエネルギーが一気に噴き出しつづけます!落ち着きを取り戻すのはAllegrettoになってから。最後は静かにちょっと夢想するようにして終止。まるで大騒ぎした後の和解でしょうかふたりで手を取り合ってダンスを踊っている姿の夢想みたい。短い曲なのに感情の起伏が躁鬱的に激しく、終わると拍子抜けするくらいですが、これが作曲者流アイロニーでしょう。

第7番はコンパクトで簡素であり、ショスタコーヴィチが内向的になって静かに喜愛・悲哀こもごも奥様との思い出をつづった音楽といえるのではないでしょうか。

弦楽四重奏曲第8番 ハ短調 Op.110(作曲・初演:1960年)

こちらは弦楽四重奏曲の中でも重要作といわれます。私はバルシャイの編曲&指揮による室内オーケストラ編曲版を最初にききました。

「ファシズムと戦争の犠牲者の思い出に」とされていますが、自分自身への鎮魂歌だと言われています―ドレスデンで映画音楽を書いていましたが、その映画に心動かされ3日間で書き上げたそうです。5楽章続けて演奏される約20分の作品。例によってDSCH動機(D-E♭-C-B=ショスタコーヴィチの頭文字をドイツ音名にしたもの)が全楽章に登場。また交響曲第10番や室内楽、オペラなどの引用も多数。やっぱり引用好きなんだなぁ、と改めて思います。

第1楽章 Largo チェロから導き出されるようにDSCHの音型に基づく旋律が静かに奏されます。暗く重く葬送行進曲のようで正に曲のテーマと合致しているような顔をしていながら、自分のイニシャルをフーガ風に織り交ぜているという手法。大したものです。自作を引用して「昔はよかったよな…」と回想しているみたい。この静寂な空気を創りだすには演奏家も緊張感が要求される音楽。

第2楽章 Allegro molto 一転して猛烈に激しい!第7番の第3楽章と相通じる暴力的・闘争的な音楽で戦争への怒りをダイレクトに伝えていると思わせますが、またしてもDSCH音型が高速で駆け回ります。そしてユダヤ風テーマからの引用―これはピアノ三重奏曲の終楽章からの引用。狂ったような踊りは、絶望の中で踊るしかない、という皮肉にもきこえます。ユダヤ音楽を好んで使ったショスタコーヴィチらしい苦しみを笑いに変えるような―でも笑えない強烈さ!またこんな世界で踊っているとは!と自嘲にもきこえます。

第3楽章 Allegretto ロンド形式によるワルツ風の音楽ですが、当然普通の優雅なワルツではありません。陰鬱でガイコツが踊っているようないびつでデモーニッシュなもの。DSCHがそこにまとわりつき「優雅さを装ってみたけど私の音楽はコレ」という作曲者が皮相的にベロをだしているみたい。アタッカで第4楽章へ。

第4楽章 Largo 第7番できかれた3音のノックみたいなモチーフが鋭く弾かれます。やはりこのモチーフはKGB(秘密警察)がやってきたのか?それとも作曲者自身の鼓動?

自作からの各種引用を巧みに織り込んでいますが、印象的なのは「ディエス・イレ(怒りの日)」が登場することです。ラフマニノフをはじめこのテーマは多くの作曲家が使ってきましたが、ここでの引用の意図は何であったのでしょうか?それらの引用が陰鬱に弾かれて終止暗さと恐れや諦念が交差して進むこの作品のキモといえる楽章。

第5楽章 Largo 前の楽章と第1楽章のイメージを回帰させるような楽章。DSCH音型が再び出現すると共に自作引用によるフーガ展開となります。戦没者追悼のエレジーがテーマとしてあるでしょうが、同時に作曲者が自身の生涯を回顧して向き合っているような音楽としてきこえます。またこの作品を書く直前6月にはソ連共産党員になっていることも作品を書くうえで影響を与えているのでしょうか。

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