今週はフルトヴェングラーの正規録音集大成(CD55枚組)の視聴記。1929年から1937年にかけて録音されたポリドール(ドイツ・グラモフォン)SP録音期が完結します。
オーケストラは全てベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。




【CD4】
〇ワーグナー:楽劇「神々のたそがれ」~ジークフリートの葬送行進曲(録音:1933年)
深々とした弦楽器、管楽器・金管楽器の朗々とした響きが戦前のベルリン・フィルの音色を伝えてくれます。SP録音でこれだけ豊かにきこえてくるのなら実演だったら!と虚しい想像のみ膨らみます。
終結部は演奏会用のものを用いています。
この曲は後年もウィーン・フィルやスタジオ録音、ライヴ録音と残しておりますが(全てきいてはおりません)オーケストラの充実した響きからそれらに引けをとらないと思います。
〇ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」序曲 Op.84(録音:1933年)
冒頭の悲劇的ストーリーに基づく迫力を伴う表現、木管楽器の寂しげな音、重厚で厚みのある響きはやっぱりフルトヴェングラー印の演奏。
主部に入るとより力強さとスピードが増してフィナーレの歓喜のような表現は壮年期の録音であることを窺わせます(テンポについてはSP録音制約を感じる)
後年の悲劇的・深刻な面を前面に出した録音とは異なるスタイル。
〇モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」K.492~序曲(録音:1933年)
SP収録時間の制約のためか速いテンポで駆け抜けていく―フルトヴェングラーのモーツァルトといえば交響曲第40番にしろ、何かに追い立てられるような演奏解釈が多い。でも歌劇「ドン・ジョヴァンニ」(戦後のザルツブルク・フェスティバルで上演した記録が映像も含めて残っています)では迫真的な演奏。この作曲家をどのように捉えていたのか不思議なくらい。
〇モーツァルト:歌劇「後宮からの誘拐」K.382~序曲(録音:1933年)
唯一の録音。これもやたらと速いことが特徴(SP収録時間5分以内の4分51秒!)現代のピリオド楽器、それに準じる演奏になれた耳には違和感はありません。
一般的にコンスタンツェのアリアからの引用部分は思い入れを込めるように弾かれますがここではあまり見向きされません。
このオペラは作曲当時のトルコ音楽趣味を取り入れたことからシンバルやトライアングルといった楽器を取り入れて賑やかにしていますが、この録音からは全くきこえてきません。スコア上の打楽器指定個所でもききとれませんでした。
別の出版譜?録音技術の制約で打楽器の音が正確に収録できないので除いた可能性もありあす。
〇ロッシーニ:歌劇「セヴィリアの理髪師」(録音:1935年)
1930年に録音された歌劇「どろぼうかささぎ」序曲と共に唯一の録音。
冒頭和音を力強く鳴らすところにインパクトがあります。主部では弾むリズムと推進力があります。しかしモーツァルトとは逆にゆったりと歌わせるところはテンポを減速しているのが印象的。
もちろんコーダではアンサンブルを気にせず高揚感を前面に進んでいきます!ロッシーニの序曲でこれだけ多彩な変化をきかせてくれるとは!これをきくと1930年代はフルトヴェングラーの指揮者人生において―そしてもちろんベルリン・フィルとの信頼・関係も重要であったはず―ひとつの円熟・頂点を迎えていたように思います。それにしてもあの戦争!!あれが無ければ彼の生涯は全く異なったものになり、長命したでしょう。やはり戦争とは愚かしい、無駄なものであります。
〇ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」序曲(録音:1935年)
1926年最初の録音から10年を経過しての再録音。録音技術の進化もあるでしょうが、深々と広々とした響きの表現になっています。この後も幾つか録音を残していますがこの序曲、フルトヴェングラー向きではないでしょうか?弦楽器、木管楽器、金管楽器それぞれにきかせどころのフレーズや陰影があり、クレッシェンドにも事欠かず―年代ごとでのきき比べも面白のでは。
1926年録音のスマートな魅力に対し、この録音は戦前のベルリン・フィルが持っていた豊かで、やや軽快で明るいサウンド。特に弦楽器にその特徴があるように思います。
〇ウェーバー:歌劇「魔弾の射手」第3幕への前奏曲(1935年)
先の序曲SP盤の片面収録楽曲―序曲がSP1枚の両面と2枚目の表面に収録されたので、その2枚目の裏面に収められた穴埋め用として録音されたもの。もちろん単独の録音としては唯一です。
よく知られた「狩人の合唱」がメインテーマとなるので、ベルリン・フィルのホルン・アンサンブルをきくための録音といったものでしょう。上演で耳にするのとは異なりリピートがあるのは演奏会用ヴァージョン?
〇モーツァルト:セレナード第13番 ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(録音:1936年・1937年)
1990年代初めにドイツ・グラモフォンがCD3枚組の復刻をした時、ワルター盤(コロンビア交響楽団)の次にきいた演奏です。
第1楽章から重心が下にあるアンサンブルなのでセレナードにある愉悦感はなく録音状態もあって「ドライ」という印象を受ける方が多いのでしょうが、熱っぽさ(第1楽章と第4楽章)と憂愁―特に第2楽章のロマンツェ!60小節からの後ろ髪を引かれるような寂しさの表現に惹かれます。交響曲第40番ではあんなにセカセカしたを演奏しているフルトヴェングラーとは思えません。またフォルテ・ピアノのアクセント、クレッシェンドが意図したように表情付けをしていることろも個性的。
「こんなのモーツァルトではない!」と過去の評論家何某=「○野○芳」氏は繰り返し仰っていましたが・・・。
収録時間の関係や演奏慣習であちこちのリピートが省略は残念。
〇J.シュトラウスⅡ世:喜歌劇「こうもり」序曲(録音:1937年)
唯一の録音。曲の内容をフルトヴェングラーの表現力が上回っている録音のひとつではないでしょうか?
フォルテなど音楽が盛り上がっていくところでは力が入りすぎてフルトヴェングラーが足でリズムを刻む「足音入り」!?そのリズム強調が出すぎて硬質なシュトラウスの仕上がり―糊の効き過ぎたワイシャツを着て慣れない華やかな場所に出掛けたような―。
今までフルトヴェングラーの熱心なききてではなかった私ではありますが、1926年最初の録音から第二次世界大戦開戦の直前1938年までポリドールSP録音をきいてきましたが、フルトヴェングラーが精神的・気力も十分だったのがこの時期であったのでは?と感じました。
1930年代の録音からは音質を超えて大戦後の演奏からはあまりきかれなくなってしまった「輝き」があります。
当時の記録では聴衆がフルトヴェングラーに「熱狂した」といわれています。なぜそこまで彼の演奏を渇望したのか?それがこの録音をきいて若干なりとも理解できたように思います。

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー 正規レコード用録音集大成 ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、フィルハーモニア管弦楽団、他(55CD) | HMV&BOOKS online - 9029523240
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弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調 Op.122(作曲・初演:1966年)


