音楽枕草子

クラッシク音楽や読書から趣味などの身辺雑記も含め、感想として綴ったblogです。

完聴記~アーノンクール/ロイヤル・コンセルトヘボウBOX①

私の偏愛指揮者のひとり、ニコラウス・アーノンクールさん。

晩年には巨匠指揮者扱いとなっていましたが、私が音楽をきき始めた1990年代初頭はまだまだ「くせ者指揮者」という扱いでしたが、NHK-FMやTVの放送で結構なライヴ演奏が放送されていました。

好きなようにディスクを購入することのできなかった中学生~高校生頃はそういった放送が音楽をきく重要な手段で、きける作品もハイドンモーツァルトベートーヴェンシューベルトシューマンブラームスといった王道のレパートリーが中心だったのでエアチェック(死語!)しては繰り返しきいていました。

ただ、残念なのは最後となってしまった2010年の来日公演をきくことができなかったこと!バッハのミサ曲ロ短調はききたかった!(NHK-FMで放送されたものを録音したMDは今でも保管しています)

そのきこえてくる響きや音も新鮮というか、斬新で、きき手を音楽に陶酔させないスタイルに魅かれました。彼の演奏で初めてきいた作品も数多いです。ベートーヴェン交響曲全集のディスクをカラヤンの次に購入したのは、ヨーロッパ室内管弦楽団を指揮したアーノンクール盤です。

それ以来、彼の演奏はできる限りきいてきましたが、最近もライヴ録音や放送録音が発売され続けており、既存の録音もBOX化で再発売されてもいます。死後数年が経過するのに、重複するレパートリーであっても発売されるという事は、彼ならば同じ演奏はしないだろうという、きき手の期待もあってのことだと思いますが、まるでフルトヴェングラーの同曲異演を楽しむようなきき手が多く居るという事でしょうか!?私のような嗜好をもつ方が居るということは嬉しいことです。

今回からご案内するディスクは、アーノンクールさんのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との未発表放送録音集です(コンセルトヘボウはレーベルに頼らない、自主制作盤の発売が以前から積極的ですね)

以前購入した記事を投稿してあります。

購入時の投稿↓

不定期投稿:最近のお買い物から - 音楽枕草子 (hatenablog.com)

古楽器演奏家がモダンオーケストラを指揮するのは現在では当たり前で、オーケストラ自体も演奏曲目により古楽的な演奏を採用することなどは当たり前にやっていますが、1980年代~1990年代はそれに対して強烈な拒否反応をするオーケストラや聴衆がいました(現在もいると思いますが・・・)あのカラヤンアーノンクールさんをザルツブルク音楽祭など、自分の周辺から遠ざけていたくらいですから・・・。

ウィーン・フィルベルリン・フィルなどもちろんそういう態度でした。特にウィーン・フィルの楽団員は、彼がウィーン交響楽団のチェロ奏者として音楽活動を開始したことを揶揄して「交響楽団出身の人間だから」といって差別をしていたそうです。

しかし後年、定期演奏会をはじめ、2回もニュー・イヤー・コンサートに出演することになります。また、晩年にモーツァルトのピアノ協奏曲をラン・ランとレコーディングするまでを追ったドキュメンタリー内で、アーノンクールさんから「あなた方のきかせる音は『モーツァルトの音ではない!』に近いことを言われている楽団員を見てスカッとしました!

そのような中でも、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は理解があったようで、1975年に初コンサートをしているそうです(オランダからはレオンハルトブリュッヘンをはじめとした優秀な古楽器奏者が生まれており、土壌が形成された国ということもあったのでしょう)また、ハイドンモーツァルトシューベルトブルックナー交響曲録音もこのオーケストラを起用しているので、双方の相性はよかったのでしょう。

さて、この録音集でありますが、CD全15枚もあり、個人的にディスクを次々ときいていく習慣や時間が無いので、7月の中旬にきき始めて8月のお盆休みを利用してきいていましたが、ご存知のように今年は酷暑。私の住む地方都市でも日中は36度超。集中して音楽に接する状態ではありませんでした。BOXには大曲も含まれており、なかなか食指も動きませんでした。

感想を整理し、必要なところは再聴しながら15枚の完聴記を随時投稿していく予定ですが、恐らく年越しが予想されます。気長にお付き合いいただければ幸いです

まずディスク1・2には1975年に初公演でも取り上げられたという、J.S.バッハの「ヨハネ受難曲」BWV.245です(いきなりの大曲)

演奏者・録音データは以下の通りです。

 福音史家(テノール):クルト・エクウィルツ

 イエス(バス):ロベルト・ホル

 (ソプラノ):ヨランダ・ラデック

 (アルト):マリヤナ・リポヴシェク

 (テノール):アントニー・ロルフ=ジョンソン

 (バス):アントン・シャリンガー

 コンセルトヘボウ合唱団

 録音:1984年4月15日 アムステルダム・コンセルトヘボウ(ライヴ)

ヨハネ受難曲には都合4つの稿が存在し、曲数や編成などに違いがあります。ここで演奏されているのは初演の1724年稿と最晩年に再演された際に改訂されたといわれる1749年稿に基づいています。

アーノンクールさんらしい、こだわりを感じられる稿の採用です。また、受難節に演奏しているのもこだわりでしょう。

第1曲で「Herr(主よ)」と激しい叫びにも似たコーラス。これから起きる受難を描くのにふさわしい、劇的な表現で緊張感をつくりあげていきます。これが1984年にモダンオーケストラにより演奏されたことを考えると新鮮であったと思います。リヒターとは別の厳しさ、人間の持つ感情とはまた別に―リヒターは心情への訴えかけでありますが、この演奏は脳へも刺激が与えられると言ったらいいのか、良い表現方法が思い浮かばず申し訳ないのですが、ただ感動した、心が震えた、などでは表せない演奏が最後の第39曲と第40曲のコーラスまで続きます。

第12曲のペテロがイエスの弟子ではない。と否定する「ペテロの否認」といわれる場面もききどころのひとつです。イエスに裏切りを予言されてその通りとなり、ペテロが激しく泣いた~福音史家の嘆き節ともいえる旋律をきくと、胸が締め付けられます(真面目な生き方をしていない自分は罪を突き付けられているような心苦しさを覚えます)

それに続くテノールのアリア(第13曲)は、やや軽くてオペラ的な感じがします。「マタイ受難曲」では人類の犯した罪を、高い異次元で完成された音楽により目の前で悲劇に展開されていくのに対し、この「ヨハネ受難曲」はもっと穏やかな進行で、「劇場的性格」になっています。決してマタイより作品としての質が落ちると言っているわけではなく、方向性の異なる双璧の受難曲という事を改めて実感します。

それは、イエスが裁判に引き出され、刑を受けるは強盗のバラバか?、イエスか?と問われるときに民衆が「その男ではない、バラバを」と民衆(コーラス)が「Barrab」にアクセントを付けて強調するのに対応し、福音史家もその言葉を強調します。

スコアではコーラスの「Bar」にアクセント記号を付けていますが、福音史家の方は同じ言葉が高音になっており、言葉と音の協調と連動を意識させてくれます。

同じことは死刑の判決と十字架に架けられる、第23曲のコーラス「殺せ、殺せ、十字架につけろ」や第24曲で、ソリスト(バス)とコーラスが「急ぎなさい―どこへ?―ゴルゴダへ」と、急速な弦楽器の動きの伴奏で歌い交わすところは、その場面描写まで浮かんできます。

改めて魅力を発見した楽曲もありました。

第30曲アルトのアリア「成し遂げられた」 イエスが最後に発した言葉の音型に基づき、少ない楽器でモルトアダージョのゆっくりと静かに、とても渋い響きで進みますが、第19小節からヴィヴァーチェになり、死をもってイエスは英雄となったことを高らかに称えます(低音楽器のヴィオラ・ダ・ガンバでファンファーレを連想する音型が弾かれます)再びアダージョに戻り、悲しみに沈むようにして曲を閉じるところは、イエスの死を目の当たりにした人々が瞑目していくような素晴らしい表現力です。

第32曲バスのアリアとコラール「私の大事な救い主よ、きかせて下さい」 通奏低音のみの少ない合奏に伴われ、バスと合唱が静けさと美しい調和がGoodです。但し、会場ノイズが気になりましたが・・・

第35曲ソプラノのアリア「融けて流れよ、私の心」 フルートとオーボエオブリガートも付く、しっとりとして美しくとも悲しみを歌うものでありますが、くすんだ音色が涙によって視界が遮られているような感じを受けます。それに対する応えとして第39曲のコーラス「憩え安らかに、聖なる御身体」になるのでしょう。

以上が「ヨハネ受難曲」の感想となります。ディスク2には「マタイ受難曲」を復活上演させたメンデルスゾーンの声楽作品が収録されています。

メンデルスゾーン

 詩編第42番「枯れた谷に鹿が水をもとめるように」Op.42

 (ソプラノ):ユリア・クライター

 オランダ室内合唱団

 録音:2009年4月26日 アムステルダム・コンセルトヘボウ(ライヴ)

3曲ほど残されているという、詩編に付曲された作品。バロック~古典的なスタイルで、メンデルスゾーンらしい変な負荷の無い音楽であります。それは冒頭の合唱から感じることができます。

第2曲ではオーボエ伴奏つきのアリアになり、ミニ・オラトリオ風な音楽構成です。ソリスト・コーラス・オーケストラそれぞれが上質で、きき応えのある作品として演奏をしています。

受難曲のカップリングとしても良い選択であると思います。CD2枚で「ヨハネ受難曲」1曲という構成もアリでしょうが、アーノンクール・ファンとしては1曲でも多くききたい―特にこのメンデルスゾーンは商業録音が無いので―このようにフル収録構成も有難いです(お得感!?)

CD15にはこの日の演奏会後半プログラムだったと思われる、劇音楽「夏の夜の夢」(ナレーション付き全曲!)が収録されています。

これも抜粋盤での商業録音があったのみなので楽しみなディスクです。

以上、全15枚に及ぶニコラウス・アーノンクールロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の未発表放送音源BOXの1枚目・2枚目の完聴記でした。

とても長い投稿でマニアックな話題ではありますが、お付き合いいただける方がいらっしゃれば、引き続きよろしくお願いいたします。