音楽枕草子

クラッシク音楽や読書から趣味などの身辺雑記も含め、感想として綴ったblogです。

映画「ナポレオン」個人的レヴュー投稿

公開中の「ナポレオン」が夜間上演時間に変更になり、やっと観てきました(公開から3週間が経過しているので、私を含め4人の鑑賞者でした)

*できれば字幕スーパー版と吹き替え版を観たかったのですが、吹き替え版は公開が終了していました。

小学校の頃から歴史上の尊敬する人物はナポレオンと言い続け、一般的に手に入る書籍・映像作品・ゲームなど関連するものを集めてきたので、秋に公開の案内が出てからずっと観たいと思っていました。鑑賞してナポレオン・マニアとしては色々と言いたいこともございまして、ここに投稿をさせていただきます。

演じている役者さんや演技の知識は無いので、そこは割愛します。

まず冒頭、フランス革命マリー・アントワネットの処刑シーンから始まります。

ギロチン刑にかけられ首が飛び、その首を掲げられると民衆が歓喜するという、映画的に非常に観ている人を引きつけるシーンからの導入はさすがベテラン監督といえます。

彼の初陣ともいえるトゥーロン港の奪還作戦(大砲斉射で一気に占領しているイギリス海軍を一掃します)―実際には騎乗指揮&全軍の指揮をしたわけではなく、奪還プランが総司令官に承認され、砲兵司令官として参戦して戦果を収めたといったところですが・・・そして一気に飛び級将官に昇進するものの、政変に巻き込まれ投獄されてしまいます(映画ではカットされていますが、ナポレオンの生涯を2時間38分で描くのだからグッと堪えよう)

この辺りの「恐怖政治」のくだりは時代を知らない人には何が起きているのか理解できないのでしょう。なぜロベスピエールが失脚したのかとか、大勢の人が捕えられていたのか、などなど・・・すると王党派がパリ市内で蜂起し政府が対応できないでいると(これも歴史背景を知らないとなぜ市民が暴動を起こしているかわからないでしょう)ここでも大砲斉射で市民を瞬殺。そしていきなりジョゼフィーヌの登場~結婚。

史実では新婚数日にしてイタリア方面遠征軍の総司令官に任命され、そこからナポレオンはジョゼフィーヌに宛てて熱烈な手紙を毎日送るのですが、返信が全くなく、それを彼は責めるような手紙まで書いています。しかし、戦闘の方は連戦連勝を重ね、当時イタリアを支配していたオーストリア軍が停戦を申し込むほどに戦果を挙げ続けます。戦闘が落ち着いたナポレオンはジョゼフィーヌをイタリアに呼び寄せようとしますが、彼女には浮気相手が居てパリから離れるのを嫌がっていました。妊娠したかもなどと嘘をつき続けていましたが、いよいよ彼の強い要望を断ることができなくなり、渋々イタリアに向かいます(浮気相手も連れて!)

このようにその後のナポレオンの栄光のスタート地点となった出来事であり、この映画で描こうとしているナポレオンとジョゼフィーヌの関係に焦点を当てようとしているのであれば、このイタリア遠征で夫婦のストーリーを撮れたのではないでしょうか?(映画ではカットされていますが、ナポレオンの生涯を2時間38分で描くのだからグッと堪えよう)

映画は結婚のシーンからエジプト遠征中に一気に飛びます。ミイラとのご対面はありますが、ロゼッタストーンの発見は触れられません。そして大砲斉射で敵を破ります(驚くのはピラミッドにも射撃をしていること!史実上は無かったことです)そして部下(ジュノ)からジョゼフィーヌの浮気を知った彼はエジプト遠征を投げ出しフランスに帰国するような描き方―別に彼は妻の浮気を知って帰国したわけでなく、エジプト遠征を続けていても不毛で、フランス本国もナポレオンの戦果で得たイタリアをオーストリアに浸食されている。このままではフランスが敗北し、ナポレオン自身のイタリア遠征で得た人気を失う恐れがあり、今帰国すれば政治的に道が開けると考えたと思います。

事実、帰国後に彼はクーデターに成功し、政治指導者となります。奥様とも元鞘に収まります・・・

史実では第一執政の座を手に入れたナポレオンはエジプト遠征中に失われたイタリア方面へ軍を進めます―そしてここで絵画としても有名な「ナポレオンのアルプス越え」を実行し(実際にはラバ?ロバ?に乗って超えたそうですが)、マレンゴの地でオーストリア軍を破ります(映画ではカットされていますが、ナポレオンの生涯を2時間38分で描くのだからグッと堪えよう。でも絵画でも有名なこの場面を描かないのは・・・意図して?)

なので、いきなりこれもルーヴル美術館の有名な展示物「ナポレオンの戴冠」(ダヴィット作)に描かれている、ナポレオンが国民投票で皇帝に選出され戴冠する場面が始まると、なぜ皇帝になるの?と思う方もいるのではないでしょうか?

ジャック=ルイ・ダヴィット作「ナポレオン1世の戴冠式

などなどつらつらとブログでこういった事を書いているのは読者の方もついけいけなくなると思いますので、以下は思った内容をまとめて書いておきます。

 

リドリー・スコット監督はナポレオンを英雄的人物で無く「ひとりの男」として描きたかったのでしょう。

ジョゼフィーヌを愛し、ジョゼフィーヌの事で一喜一憂と怒りを表す男(史実ではナポレオンにも数々の愛人がいました。ポーランドで見初めた女性との間には息子も生まれています)

また「コルシカ島生まれの粗野な教養の無い人物」「庶民出身の成り上がりの軍人」といった描き方です。

それを象徴しているのは、監督自身がナポレオンと徹底的に敵対したイギリス出身ということもあるのでしょう。

イギリス大使に和平を提案するも拒否されると、怒りを爆発させ、罵倒する―大使は「偉大な人物かも知れないが、教養が無いとは」と涼しい顔をして言わせ、敗北したナポレオンが追放されたエルバ島を脱出したという情報がウィーンで和平会議を行っている会場にもたらされると、ウェリントン公爵(イギリス代表)が「略(詳細は忘れてしまいました)~追放されなければならない人物」云々とスピーチする場面に印象的に描いていると思います。

そして、ナポレオンの覇権を徹底的に叩いた「ワーテルローの戦い」―イギリス(司令官は件のウェリントン公爵)とプロイセン連合軍がベルギー地方で行われた会戦。映画の総時間から見れば結構な尺を取って描いている事も象徴的です。英雄といわれているナポレオンを破ったのはイギリスなんだぞ!と強調されているように感じます。

戦闘の描き方も、昔の大作映画「ワーテルロー」とは大きく異なります。

特にフランス騎兵の攻撃から方陣を敷き破った=イギリス軍の方陣最強みたいな戦いになっています。側面から攻撃を仕掛けたプロイセン軍は登場しますが、ほとんど活躍しません(プロイセン軍には対ナポレオン報復に燃える怒れる老将ブリッヒャーが率いていたのですが)

このような描き方になるのは予告編ではわかりませんでしたが、映画を観てパンフレットの表紙を観て解りました↓

この表紙のナポレオン氏、恐らくポール・ドラローシュによる「フォンテーヌブローのナポレオン、1814年3月31日」が基になっているのではないでしょうか?戦いに敗れ憔悴している様子のナポレオンが描かれています。ここにはアルプスを白馬に乗って颯爽と進軍するナポレオンでもなければ、皇帝に戴冠する偉大なるナポレオンでもありません。新橋で酒を飲みながら会社と上司の愚痴を散々言って、終電を待つホームに腰かけている疲れ、ストレスを抱えたままのサラリーマンの姿に重なります。

ポール・ドラローシュ作「フォンテーヌブローのナポレオン、1814年3月31日」

 

ナポレオンとジョゼフィーヌに焦点と絞ったためでしょう、他の登場人物の存在の影が薄い&登場すらないことが気になりました。それに人物相関図でもないと、予備知識なく初見で観たら誰が誰だか、敵味方も分らないのでは?

例えばバラス。最初はナポレオンの庇護者で、彼をうまく利用した人物であるが、ナポレオンが権力を握るに当たり排除されてしまいました(ジョゼフィーヌを愛人のひとりとして囲ってもいました)

それからタレイラン外務大臣)こちらもナポレオンをうまく利用してフランスを大国にしましたが、裏もある人物で最後はナポレオンを没落させ、フランスの利益を守りました(ナポレオンは彼の名前をうまく発音できず「タイユラン」と呼んでいたというエピソードが残っています。もちろん映画ではカット)

他にナポレオンを支えた元帥・将軍の登場が皆無だったのは残念です。

トゥーロンの戦いでは「ジュノ!」とナポレオン初期の副官の名前を呼ぶ場面があり、これは他の将軍も登場するかな?と期待がありましたが、結局クレジットにはネイ元帥とダヴー元帥の名前がありましたが、登場は少ないです。ナポレオンの義弟にしてナポリ王、そして騎兵司令官を務めたミュラ、ナポレオンから「友」といわれたランヌ参謀総長を務めたベルティエ。マルモン、スルトマッセナ、ベシェール・・・(映画には登場しませんが、ナポレオンの生涯を2時間38分で描くのだからグッと堪えよう)

あと、賢母レティツィア、あまり頼りにならない兄弟姉妹(すぐ下の弟リュシアンは登場)も重要な役はなかったですね。

映像はきれいでした。夜間の戦闘シーンはやや暗かったですが。予告編でも注目シーンのひとつになっていた「アウステルリッツの戦い」のシーンも12月の厳冬期という空気感が伝わってきました。砂漠の砂っぽさ、戦場の硝煙の匂いなども含め映画館でみる会戦シーンは改めて圧倒されます(特殊撮影技術やカメラの解像度も高いのでしょう。それにお金のかけ方も)

ただ、戦いに至る背景や戦闘の経過はやはり前知識が無いと理解するのは困難でしょう。こういった事からナポレオンの生涯やその時代背景をご存じない方は、事前に関連書籍やネット等で情報収集と基礎知識を得てから鑑賞するのがお勧めです。

クラシック音楽ファンとしてはハイドンのシンフォニーなどの古典派の音楽がオリジナル音源に混ざって使用されていたので耳がそっちにも向きました。戴冠式でもミサ曲が使用されていました。

また、冒頭シーンでは革命歌「サ・イサ」が使われていたのは安易に「ラ・マルセイエーズ」とかにしていないのは慧眼!

オリジナルの音源の方はやや特殊で、ナポレオン時代とは異質な感じがしました。

それとこれは映画だといわれたとしても大きく苦言したいのが、史実を変えてしまっている事。

特にジョゼフィーヌが亡くなったのは彼がエルバ島に流されている間なのですが、エルバ島脱出後になっている事です。エジプト遠征同様にエルバ島脱出したのはジョゼフィーヌに逢うためのストーリーみたいな矮小化された受け取り方をしてしまいます(実際にはジョゼフィーヌの後妻となったオーストリアから娶ったマリー・ルイーズと息子をエルバ島に送るという約束が果たされない、保証された年金が支払われない、フランス国内に不満が渦巻きナポレオン復帰を望む空気があった等が主な理由とされています)

こういった脚色・改変ものでは「英雄物語~ナポレオンとジョゼフィーヌ」という3部作のドラマを思い出しました。表題の通り二人に焦点をおいた恋愛ドラマ作品でした(VHS全3巻 DVDなどの再販はされていないと思います)

ナポレオン:アーマンド・アサンテジョゼフィーヌジャクリーン・ビセット

 

ラストシーンは「ワーテルローの戦い」に敗れ南アフリカの孤島セント・ヘレナに流刑となったナポレオン。

恐らく回想録を書いているのでしょう、テーブルに座り書き物をしながら水を飲みますが―倒れ込み幕となります―毒殺を暗示しているのでしょうか?それの伏線を思わせるシーンもありましたが、ここにきて暗殺のようなラストは観ている方にも??が付くのではないでしょうか?

そして「ナポレオンは生涯に61の戦いを指揮して300万人以上が戦死」という字幕。ここにきてまたトートツなスーパーに??現在の世界情勢を鑑みて意識したものでしょうか?安易な反戦イメージはいらないと思いますが・・・そこに日本の配給会社が勘違いして映画公開に合わせた宣伝で「英雄か?悪魔か?」なんて映画の内容とは違うキャッチフレーズを入れてしまって・・・

映画の感想として、イギリス人監督が描いた英雄・偶像化されたナポレオン像を砕き、愛する妻がいないと仕事もできない、運にも見放されて没落する男を描いたといったところでしょうか?

しかし、ナポレオンの「生涯」を描くには2時間38分はあまりにも少なすぎ。観たい場面が観られずに、ナポレオンの生涯をダイジェスト(悪く言えばコマ切れ)ドラマみたいです。

最近の方は映画やドラマ、動画などを倍速で見るそうですが、まるでそれと重なるような感じがします。

ならば製作費は相当かかりますが、「レッド・クリフ」のように2部制にする(あの映画で描かれた題材も「三国志」という長い歴史書の中からひとつの会戦を描いている映画です)とか、連続ドラマのように各話2時間×3部の6時間くらいにしないと描ききれないのではないでしょうか?

将来ドラマ化を期待したいです。ナポレオンの生涯を描いた映像作品で合格点なのは1954年フランス製作のその名も「ナポレオン」(PART1・2になってVHSにてあり、こちらもDVD等の再販の無いと思います)

ナポレオン:ダニエル・ジェラン/レイモン・ペルグラン

(青年時代とそれ以降で役者を替えているという面白い作品)

それと「キング・オブ・キングス」です(DVD2枚組 NHKでも一度放送されたと思います)

ナポレオン:クリスチャン・クラヴィエ/ジョゼフィーヌイザベラ・ロッセリーニ

そして彼らを取り巻く人物の中でも重要人物&クセ者のタレイランジョン・マルコヴィッチフーシェジェラール・ドパルデューが演じています。両者とも時にはナポレオンと協力(そこには打算が当然ありますが)したり、追い落とし・罠にはめたりという役柄をフランスを代表する役者さんが務めているのも注目です。

それぞれ平均的に彼の生涯のエピソードを拾って描いており、大規模な会戦シーンとかはないですが、その分ストーリー重視です。前者は古典的なナポレオンとその時代の雰囲気を感じることができ、後者は英雄的な所と清濁併せ持つ人物像として、また彼らを巡る人物の利害損得など、政治的な面も描いています。

やっぱりナポレオンはフランス語で喋ってほしいですね(今回の映画は英語)

「ヴィラ・ランペルール(皇帝万歳!」という響きでききたかった―「エンペラー」ではとても当時と同じ空気感が出ません。

今回のこの映画、4時間の長尺ヴァージョンもあるらしいです(今回上演されたのはディレクターズ・カット版?)

そちらこそ観てみたいです。2時間毎の前編・後編で上演してくれないかな。

以上、たいへん長々と先日観てきた映画の感想を書かせていただきました。お付き合いいただきありがとうございました。