音楽枕草子

クラッシク音楽や読書から趣味などの身辺雑記も含め、感想として綴ったblogです。

身辺雑記:映画鑑賞「探偵マーロウ」

私の読むジャンルのひとつにハードボイルド小説があり、先月「黒い瞳のブロンド」(ベンジャミン・ブラックジョン・バンヴィルの別名義):著、小鷹信光:訳 早川書房)を原作に映画「探偵マーロウ」を観てきましたので感想を今週は投稿したいと思います。

マーロウ関連は読んだつもりでいたのですが、こちらは映画化にあたり初めて知りました。

左が原作本の「黒い瞳のブロンド」右が「長いお別れ」(村上春樹:訳・早川書房

ハードボイルド小説の登場人物で有名なフィリップ・マーロウ。本家はアメリカの作家レイモンド・チャンドラー(1888~1959)が創作した探偵で、この作品はそのマーロウを借用して書いたいわばパスティーシュ小説といわれるもので、設定は人気作、傑作といわれる「長いお別れ」の後日譚となっています(映画化にあたってはこの設定はカットされていました)

創作人物であるはずのフィリップ・マーロウは、読者はもとより作家にも魅力的に映り、ロバート・B・パーカーという作家はチャンドラーの遺稿から「プードル・スプリングス物語」(早川書房刊)を完成させたり、多くの作家がパスティーシュ作品を手掛けています。また、映画化やドラマ化もされています(10年くらい前にNHKも「長いお別れ」を舞台を日本に移しドラマ化していました。こちらは推理小説、ハードボイルド小説が、NHK風の政治を絡めた社会派ドラマ方向の作品になっていましたが・・・)

近年では村上春樹さんが長編全てを訳されており、今まで読んできた清水俊二さん訳との言葉の選び方から、描写まで受けた印象が異なり「翻訳家の訳した本」と「作家が訳した本」との違いを読む面白さがあります。特に村上春樹さんの訳書で、例えばサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」(キャッチャー・イン・ザ・ライ)などでも感じた村上ワールドの調味料が加えられています。

恐らく、ひとりの作家が産み出した登場人物が原作者の死後もパスティーシュされ続けているのは、コナン・ドイルシャーロック・ホームズアガサ・クリスティーのエルキュール・ポワロ、そしてイアン・フレミングジェームズ・ボンドの007シリーズに並ぶのではないでしょうか?

話が逸れてしまいましたが、まずは原作本の方から―チャンドラーに限らず、この手のハードボイルド小説の定型のように居なくなった、失踪した男性・女性(妻・夫、恋人・愛人)を探して欲しいという(この作品では女性が愛人を)というもので、「またか」という感覚で読み始めましたが、その調査をしていくとその人は事故で亡くなっていたことが判り・・・と徐々に引き込まれていく展開です。

「マーロウ物」で面白いのは、人、物、町などの風景からすべての物の比喩が秀逸だったので、パスティーシュ作品でもその表現センスが求められます。今回印象に残ったのは、38ページでビールについて思いを巡らせ、それから自分への皮肉を込め心の中でつぶやくところです。ただ、色々な人物が比喩として出てきて、訳注もあるのですが、当時の風俗をしらないのでいまいちピンときませんでした(名前と顔が一致したのは喜劇俳優スタン・ローレルくらいでした)

そして今度は映画の話を―まず、私の住む地方都市では近年の映画館減少で上演しているところが1館だけ。それに全国公開より約3週遅れ&1日1回の上演しかなく、朝早かったり、夜遅かったり。また上演日程も短かったので、予定のやり繰りをして観てきました。どうしてもマイナーなジャンルの映画なのでしょうがないことではありますが・・・すっかりインディ・ジョーンズの最新作の上演に隠れていました。。。

さて、映画本編でありますが、大きく改変されています。まず時代設定を1939年、ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発したものの、アメリカは参戦前の時期です(結果的にこれがストーリー展開に大きく関係はしないのですが、複線的なものになっているのでしょうか?)

ただ、この時代設定には疑問があります。「長いお別れ」では42歳と自称しているので、原作に基づけば1950年代の中ごろでなければ辻褄が合わなくなります。ただし、マーロウ役の主演であるリーアム・ニーソンの年齢もあってか、「年を取った」といっている場面を観ると、1939年でこの年齢なのは原作本から入った私には違和感があります。

また、本家の「長いお別れ」からの後日談となっているのですが、それをすると映画としては見る人を限定してしまうので触れられていません。それと共に原作では端役扱いの登場の少ない人物が重要な役割を果たし、主人公のマーロウが依頼主の女性と恋人同士となり、ベッドを共にするという―いつも本家チャンドラーはもちろん、今回の原作本を読んでいてこれだけはいつも??になる展開をばっさりカットしているのは良かったです。

結末も以上の事から大きく改変されていて―原作本を読んだ人にもわからない展開にしています。

映画という事もあり、ストーリー展開が勧善懲悪、画力と判り易さで魅せる、いかにもアメリカ的な仕上がりには残念でした。できれば(これは原作本も含めてですが)もう少し本家にある、砂利が口に入ったような何とも言えないあの感覚、苦さ、やるせなさ、セリフやマーロウの独白にもアイロニーが欲しかったです。