音楽枕草子

クラッシク音楽や読書から趣味などの身辺雑記も含め、感想として綴ったblogです。

【アーカイヴ】演奏会~都響スペシャル インバル指揮 マーラー:交響曲第10番(クック版)

今回は既にXで告知した通り、2月23日(金)のエリアフ・インバル指揮、東京都交響楽団によるマーラー交響曲第10番(クック版)の公演(都響スペシャル~於:東京芸術劇場)の感想記を明日の夜に投稿する予定ですが、10年前に同コンビによる同曲の演奏会の感想記を別ブログに投稿していました。
Hatenaa Blogへ記事の引越しも兼ねてアーカイヴとして再投稿となりますが、お付き合いいただければ幸いです。

 

都響スペシャル~エリアフ・インバル指揮によるマーラー交響曲第10番(クック版)の演奏会をきくため地方より上京してきました。

於:2014年7月20日(日曜日) 14:00~ サントリーホール

マーラー交響曲第10番は一昔前までの「マーラー指揮者」といわれたバーンスタインテンシュテット、そしてアバドマゼールといった人たちはマーラーの総譜が完成している第1楽章のアダージョのみを演奏するのが一般的であったのに対して、現代の指揮者たちはイギリスの音楽研究家デリック・クック(1919~1976)が補筆完成させた、いわゆる「クック版」といわれる全5楽章のものを演奏するのがメジャーになりつつあるというか、きき手もキワモノをきくみたいな感覚を持つことなく接するようになりました。

それにはこのヴァージョンの普及に貢献したと思われるサイモン・ラトルを筆頭にリッカルド・シャイーそしてインバルなどによる演奏・ディスクの影響が大きいと思います(他にも違う版で演奏している指揮者まで含めるとこのシンフォニーをめぐる現況は百花繚乱といったところで、きき手が望めば色々な楽しみ方をできます)

そのラトルやシャイーが一貫してクック版しか取り上げないのに対し、インバルは当初1980年代の後半にフランクフルト放送交響楽団マーラー交響曲全集を手掛けた時は第1楽章アダージョのみでしたが、クック版に価値を見出したそうで全集補完のようにして1992年にレコーディングをしました。

今回も基本的にそのヴァージョンで演奏しているようでした。しかし、「クック版」といってもこれまた一筋縄ではいかず、クック自身が亡くなるまで改訂を繰り返していて、それに加え彼の死後も周りの人たちも手を加えているのでクック版にも異稿が存在するそうです。そして取り上げる指揮者も自分オリジナルで異稿から取捨選択して演奏するので専門家でないと「どこがどう違う」ということまで判りません。

私のような素人でクック版を他人の手掛けた「マガイ物」という見方をしてきて、熱心にきいてこなかった人間には版についてどうこうという力は持っていないので、演奏会で鳴っていた音楽についてのみの感想です。

第1楽章、始めヴィオラのみで呈示される序奏テーマでの緊張感ある音、これにより一気に曲への集中力が高まります。続くヴァイオリンの第1主題の美しさ!激しく心を揺さぶられ音楽に引き込まれていきます。

後半できかれる不協和音―これは終楽章でも響くすごい音―丸ごと音がブロックになって胸にどっしりとしたものを投げ込まれたような重厚感―それと一転して静かで浄化されたメロディーの出現がまるで絶望とか破滅といったものを表現しているみたいで、この最強音と弱音のコントラストの手法が他のマーラー作品では思い浮かばないので、新しくてとても惹きつけられました。

そしてこの交響曲はその間に動きのある3つの楽章―第2楽章スケルツォ―第3楽章プルガ・トリオ―第4楽章スケルツォアレグロ・ペザンテがありますが、どれも熱気があり、マーラー流のアイロニーやドロドロした所を的確で立体的にきこえてきました。ホルンをはじめとする金管群、フルート、オーボエなどの木管群、ティンパニを筆頭に活躍する打楽器群も輝かしいものでした。第4楽章~第5楽章で注目される大太鼓奏者は女性でしたが、もの凄い打撃音を繰り返し鳴らしてくれて、何か筋トレしているのでしょうか?

彼の録音として存在するフランクフルト放送交響楽団とのディスクと都響の演奏と比較すると(セッション録音とナマとの大きな違いはありますが)弦楽器のちょっとネバっこいところや管楽器のフレーズなどでもきかれる―ユダヤの宗教的なものなのか、彼自身が本来持っていたものかわからないのですが―マーラーらしい歌いまわしがきこえてきてインバルの許で緻密な演奏技法(このあたりは重箱の隅をつつくと感じる方もいるかも知れません)をマスターしていると思いました―いうまでありませんが、都響にとってレパートリーを考える時、マーラーは最重要なものでしょうから―パンフレットによると第10番(クック版)は既に1976年にシベリウスの大家といわれた渡辺暁雄さん―1987年に若杉弘さん―1997年にはインバルと取り上げてきたそうですのでその自負もあると思います。それは、終演後の舞台上の楽団員の方たちに様々な意味で難曲といえるこのシンフォニーをやりとげた達成感と心地よい疲労感が漂うものが印象的でした。

本公演も他のマーラー・シリーズと同様に録音されるのでしょうか?発売されるのが楽しみなディスクとなります。このようなレベルでこの作品が演奏されるようになると、今後マーラーの第1番~第9番交響曲と同列できかれ、語られていくことでしょう。