音楽枕草子

クラッシク音楽や読書から趣味などの身辺雑記も含め、感想として綴ったblogです。

Selct Classic(12)~ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」

新年早々から様々なことが起き、自然災害は時と場所を選ばないことを実感するばかりであります。

また、年末には政治不信をより増長することも発覚し、重い空気が社会全体を覆っています。私自身は「勁草を知る」心構えと「家内安全」心がけて生活をしていきたいと思います。さて、今年最初の投稿はそんなことから一時でも逃れる作品をご紹介したいと思います。

ヨゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽」作品235です。

ウィンナ・ワルツはあまりにもそのメロディー垂れ流しの金太郎飴にも通じる音楽が大衆演芸みたいでじっくりきく事はありません。毎年1月1日に生中継されるウィーン・フィルのニュー・イヤー・コンサートも最近はまともにきいて(観て)いません(元々あのコンサートはウィーン子が新年を祝いながら夜を明かし、その勢いで行く社交的な場であり、われわれよそ者の東洋人が気張ってきくものではないと思います。それに近年は音楽業界の商業ベースに乗せられたイベントと化しているようなイメージが見えています・・・)

作曲者のヨゼフ・シュトラウスは「ワルツ王」ヨハン・シュトラウスの弟で、1827年に生まれ、当初は音楽家を志していたわけでは無かったのですが、いざ作曲家に転身すると「ワルツ界のシューベルト」と呼ばれ活動をしていましたが、兄に先立つこと約30年前の1870年に43歳という若さで亡くなっています。恐らく短命に終わってしまったのは生来病弱だったことと、多忙な兄の分身のように作曲・演奏活動とオーバーワークだったのでしょうか?でも、作品をきくと兄ヨハンとは違い、聴衆の好みが変化すればいつヨゼフの方にに人気が転がってもおかしくないほど、大衆的な感覚的な魅せる音楽では兄、繊細にして抒情的な音楽性では弟にあると思います。

「天体の音楽」は1868年1月21日に初演されています(兄の代表作、ワルツ「美しき青きドナウ」も同年の作品)神秘的で一瞬ワーグナー!?または同じシュトラウスでもリヒャルトを思わせるような和音進行の序奏に5つのワルツが続きます。後半のワルツになってくると宇宙の無重力空間を浮遊している感覚になります。作曲当時はまだ宇宙がどんなものかは未知なる空想の世界ではありましたが、同時期にフランスの作家ジュール・ヴェルヌの「月世界旅行」という作品があることから、流行を敏感にとらえることも一流だったと思います。

【Disc】

この曲をきく演奏としては「踊る音楽」よりも「シンフォニックな演奏」が私の好みです。

カラヤンクライバーそれぞれがニュー・イヤー・コンサートを指揮したものがお気に入りです。同じニューイヤー・コンサートでも他の弛緩した演奏とは大違いです。

*私の所有しているのはLPです(CD/DVD/BDでも発売されています)

1987年に晩年のカラヤンが唯一登場した時(ワルツ「春の声」ではソプラノのキャスリーン・バトルがゲスト出演するという当時の演出としては異例のカラヤンのエゴ?政治力?が発揮されたニューイヤー・コンサート)で演奏したものは、ゆっくりしたテンポから始まる序奏に精霊が舞いながら厳粛な世界が広がっていくみたいで、壮大な宇宙を描く交響詩モドキになっている「きき入るワルツ」といえます。

そしてあのカルロス・クライバーが1989年から意外にも!?(嬉しい方の)1992年に2回目の登場時にコンサート後半で演奏しています(それもバーンスタインの死去に伴う代役だったと思います)

緊張感がありながらもエレガンス、鳴っている全ての音が色彩された「きき惚れるワルツ」です。かれは1989年に指揮した時もそうですがヨゼフの作品を意外と多く入れているプログラミングもイイです。

 

もうひとつディスクも。

カラヤンベルリン・フィルと1980年にウィンナ・ワルツをまとめて録音したディスクから。こちらはよりシンフォニックで、大オーケストラが奏でる重厚な「円舞曲」になっています。

 

以上となりますが、皆様お身体ご自愛下さい。

本年もお付き合いいただけますよう、よろしくお願いいたします。