昨年ショスタコーヴィチ没後120年に交響曲全15曲の完聴記(ルドフル・バルシャイ指揮ケルンWDR放送交響楽団の録音)を投稿しましたが、生誕120年となる2026年は弦楽四重奏曲全15曲の完聴記のチャレンジ企画投稿をしていきます。
ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は同じく15曲書かれた交響曲と共に重要なジャンルであり、20世紀のこの分野における優れた成果であると思います。交響曲と共に弦楽四重奏曲という古典的な形式で創作活動を行ったショスタコーヴィチ、そこに彼の何らかのこだわりがあったのでしょう。
きいていくディスクはパシフィカ・カルテット(Pacifica Quartet)の演奏となります。1994年に結成されたアメリカ合衆国のカルテットでコンクール受賞歴や音楽賞の受賞なども数多い実力派です。


このディスクは全8枚から成りますが、単純に番号順に収録されているわけでなく、そこに同国のショスタコーヴィチと関連のある作曲家のカルテットが巧みに併録されるという構成(ミャスコフスキー、プロコフィエフ、ヴァインベルグ、シュニトケが各1曲)
今回その試聴においては演奏家が意図した構成からは乖離してしまいますが、第1番から毎月1~2曲ごと投稿していき補稿として他の作曲家の4曲などを絡めて投稿したいと思います。
それではスタートしましょう。
弦楽四重奏曲第1番 ハ長調 作品49(作曲:1938年5月~7月/初演:1938年10月)
19歳で交響曲第1番を作曲したショスタコーヴィチ、弦楽四重奏曲を書いたのは32歳の時、既に交響曲第5番で成功を収めた翌年になります。
第1楽章、ショスタコーヴィチ?と思うくらい古典的な手法、面白いのはヴィオラとチェロに変わった(異質)なリズムがあり、そこに片鱗を感じることができます。
第2楽章、民謡、民俗性を感じるメロディーが印象的なテーマとなり変奏されていきます。そこに突如として不安を煽るようなフレーズの登場がショスタコーヴィチらしさを感じます。
第3楽章、窮迫感のあるリズムに彼らしさがあり、新鮮な響きは30代の若さを感じる音楽です。
第4楽章、明快、軽快で古典派音楽へ通じるものを感じますが、リズムや和音進行は後の音楽を思わせます―特にコーダ。前の3つの楽章が全て静かにおわっていたのでここにきて逞しいコーダにスッキリとします。
交響曲には標題などで政治的なものを与えていましたが、弦楽四重奏曲は純音楽的指向なのが印象に残ります。
弦楽四重奏曲第2番 イ長調 作品68(作曲:1944年/初演:1944年11月)
第1楽章(序曲)錯綜するメロディーの進行に作曲家臭を感じます―この助けを求めてもがくようなところ。
第1番がハイドンやモーツァルトの精神を持ったやや手慣らし的な演奏時間も14分程の作品でありましたが、こちらはベートーヴェンやバルトークとの繋がりを感じる重厚さ渋みが加わり、演奏時間も約35分となっています。
第2楽章(レチタティーヴォとロマンス)ヴァイオリンが技巧的な表現力を要求されるメロディーをまさにレチタティーヴォのように奏でます―この暗さ、闇夜のエレジーといった趣。ロマンスに移ると交響曲第6番でもきかれた情感があります。そこにあるのはやはりロシアの冷たい空気と大地が通奏低音のように伝わってきます。
世情も反映してか(1944年はソ連がドイツ軍に大攻勢をかけていた時期)穏やかだった曲想が突如激しい闘争的なものになります。それが収まると楽章冒頭の暗さと宗教音楽のような響きがマッチした音楽になります。コーダの静かに楽章が終止にむかっていくところも素敵。
第3楽章(ワルツ)弱音器を付けた4つの弦楽器がリズムだけはワルツというちょっと不気味な音楽を奏でます。円舞はすれどもその実体は無い、虚ろなそしてグロテスクな瞬間もあります。ワルツとは名ばかり。
第4楽章(主題と変奏)冒頭主題はファースト・ヴァイオリンを除く3つの楽器によるバッハをオマージュしたような主題が提示されます。それにヴァイオリンが応え、テンポが加速してくるとヴィオラがロシア民謡に基づくと思われる旋律を弾きます(弦楽四重奏曲第1番の第2楽章を思い出します)
変奏は全部で22から成り、楽器同士の対話、無窮動などと目まぐるしい変奏(変化)についていくため耳と頭が忙しい。このすばしっこい音楽はショスタコーヴィチの専売特許!途中チェロ・コンチェルトのように主役となるところも弾き甲斐がありそうです。
最後の冒頭主題を全楽器で強奏するところは、引き伸ばされて弾かれるので悲痛な感じを受けます。
今回はショスタコーヴィチ生誕120年として弦楽四重奏曲全曲完聴の第1回として第1番と第2番をききました。